食物アレルギーを伴った
乳幼児アトピー性皮膚炎の
制限された食物の
解除の方法と問題点

(出典)
遠藤薫:食物アレルギーを伴った乳幼児アトピー性皮膚炎の制限された食物の解除の方法と問題点、皮膚、43、87-92、2001。

 
要旨

 
 これまでアトピー性皮膚炎の食事指導は制限することに重点が置かれ、制限を続けることや制限を解除することの問題点については、ほとんど検討されていない。

 今回、卵制限を選んで、制限の解除する上での問題点を検討した。

 生後5カ月以内に初診し、生後8カ月までに5種類の食物RAST値が卵白を含めて2項目以上陽性になり、2歳近くまで経過をみた45名(男28名、女17名)を対象とした。
 制限解除は微量含んだ加工品を微量から摂取し、少しずつ増やすこととした。

 それぞれ解除後、症状の悪化はなく、卵白RASTの上昇もなかった。
 むしろ卵摂取によって卵白RAST値の低下が生じた可能性が示唆された(経口減感作)。
 また、食物アレルギーを生じた回数の多いほど、皮膚症状が強いほど、卵白RAST値が高いほど、小麦RAST値が高いほど、母乳・アレルギー乳の栄養、とびひや感染症入院の回数が多いほど、卵制限解除の困難な傾向がみられた。

 医師は食物制限を指示するならば、それの解除についても責任を持つべきと考えられる。


 
はじめに

 
 乳幼児アトピー性皮膚炎に対しては、しばしば食物制限を指導されている。
 当科(大阪府立羽曳野病院皮膚科)でも、0歳児については、初診時はアレルギーの有無にかかわらず、卵の完全制限を指示することが多い。
 一方、それを指示される患者家族をも、アトピー性皮膚炎の原因は卵が関係していると考えている傾向があり、そんな指示を当然のごとく受け止めている。

 ところが、もっぱら食物アレルギーをアトピー性皮膚炎の原因と考えている小児科等では、さらにほかの食物、たとえば、牛乳、小麦、大豆、牛肉その他の食物まで制限するように指示されることがある。
 もちろん、それらを食べると湿疹(ほとんどの場合じんま疹症状と考えられる)が現れることもあるが、単に湿疹がよくならないというだけの理由で、いわゆる5大アレルゲンをすべて制限するように指示されていることも多い。
 その場合、しばしば、食物RAST値に関係なく、たとえば患者が食べてもなんら症状が現れない食物までも制限されている。
 その指導は患者・家族の意向やQOLとは無関係に実施され、誤って摂取した場合、起きた症状は一方的に患者側の責任とされる傾向にある。

 一般に食物は、RAST値がかなり高値であっても、日常摂取していれば全く症状を発現せず、むしろある一定期間制限した後に摂取すると症状が現れることが多い。
 実際食物アレルギーの有無を検査するとき、あらかじめ2週間程度か、それ以上の完全制限を指示される。
 RAST値が高い食物を一度完全に制限してしまうと、再びそれを食べると症状が現れるために、なかなか再開が難しい場合もある。
 このことは、生まれてからずっと食べたことがない食物にもあてはまる。
 完全に制限しているために、いつまでたっても食べられないという状態が続くことにもなる。

 食物アレルギーがアトピー性皮膚炎の原因と考えている臨床医は、母乳しか飲んでいない乳児では母親の食事に原因を求め、アレルギー用ミルクしか飲んでいない場合でもそれが原因とすることがある。
 また、食物アレルギーは、制限することで食物によるアレルギーが改善されると考えている。
 食物制限することで、その後のアトピー性皮膚炎の発症を予防できるとさえ主張している。

 患者の家族もまた、しばしば、アトピー性皮膚炎の原因は食事で、制限すればよくなるはずと思い込む傾向にある。
 ところが、制限してもよくならないと、母乳や母乳に含まれる食物成分に原因を求め、非常なストレスを感じながら、母自身の食物を制限したり、挙げ句の果てには母乳を止めてしまう母親も多い。
 離乳食に原因を求め、1歳過ぎてもそれをほとんど摂取していない患者もいる。

 制限した状態で湿疹がよくなってくると、食物を制限しているからよくなったと家族は思い込み、食べさせることに恐怖を覚える。
 制限を解除してから症状が少しでも悪化すると、食物制限を解除したからと医師に非難され、家族は自責の念にとらわれることにもなる。

 一方、湿疹がよくなってくると、患者に制限されているものを食べさせたいと希望する母親も少なくない。
 実際のところ、患者の症状が消失しても、普通に食事していない状態は、必ずしも病気が完全によくなったとはいえないと説明している。
 母親としても、日常生活を送る上でなんとか制限を解除できないものかと考えるのは当然のことと思われる。
 また、制限を続けているのに湿疹がよくならないのは食事が原因ではないのではという疑問から、食事の制限を解除したいという気持ちになるのも当然の成り行きと思われる。

 発表者は、患者家族に対して、たとえば卵制限については、症状が卵摂取以前より出現し、卵の摂取に関係なく推移していることを説明して、できれば1歳までに制限を解除することを目標にしてきた。

 今回、その解除の方法を示すとともに、制限解除のできた患者とできない患者の違いを検討した。
 同時に、卵制限または制限の解除による卵白のRAST値と皮膚症状の変化についても検討した。


 
対象と方法

 
 1995年1月〜2000年9月に大阪府立羽曳野病院皮膚科を生後5カ月以内に初診し、生後8カ月までに5種類の食物(卵白、牛乳、小麦、大豆、米)のRAST値が卵白を含めて2項目以上陽性(0.7 Ua/ml)になり、2歳近くまで経過をみた乳幼児アトピー性皮膚炎患者45名(男28名、女17名)を対象とした。

 ほぼ2〜3カ月ごとに採血し、血清IgE値、RAST値(HD、卵白、牛乳、小麦、大豆、米、犬皮屑、猫皮屑)、白血球数、好酸球数を測定した。

 採血時、グローバル評価法を用いて全身及び各部位(顔面、体幹、間擦部、四肢)の皮疹を6段階(0−5)で評価した。
 なお、1は微症、2は軽症、3は中等症、4は重症、5は超重症とした。

 1カ月ごとに診察し、食物の摂取状況(加工品と現物)、授乳状態(母乳、混合、人工乳、さらにアレルギー乳の併用の有無)、前回の受診から感染症や喘息の発症の有無、食物摂取後のアレルギー症状の有無を問診した。

 卵制限の解除は、生後8カ月の検査所見と皮膚症状をみながら、以下のような注意事項を示し、患者家族にその方法を説明した。

 
卵制限を解除するときの注意事項


・厳密に制限しているときほど、少し食べただけでも強い症状が出る。
・加工品でもある程度食べていると、いきなり現物を食べても症状が出ないことがある。
・患者の体調の悪いとき、それまで平気で食べていたものでも症状が現れる場合がある。
・皮膚に卵がついても、赤くはれる。
・口やのどの粘膜から吸収されると、30分〜1時間以内に咳がでたり、顔や首が赤くなるときがある。
・その後、おなかから吸収されると、全身のあちこちが赤くなることがある。
・症状が強ければ、呼吸困難、血圧低下などのショック症状が現れることがある。
・引っ掻かなければ、全身の湿疹は悪くならない。


 
 
卵制限の解除のやり方


1. 制限解除は医師の指示に従うこと。体調のよいときに行うこと。
2. 卵を初めて食べるとき、いきなり現物から始めるのは危険。
3. 加工品はできれば自分でつくる(小麦に混ぜたホットケーキが作りやすい)。
4. 加工品に含まれる卵の%は、0.1〜1%から始める。
 全卵でよいが、心配なときは、卵黄から始めてもよい。
5. 原則として、RAST値が高いときは、加工品を鼻くそ程度のごく少量から始める。
6. 食べた後は2時間程度間隔を開けて、症状がなければ2倍の量をもう一度与える。
 昼間に行うことと。
 倍々と与える量を増やしながら、1日に2〜4回繰り返す。
7. 1回量が20〜30gになれば、卵の%を倍にして同じことを繰り返す。
8. もし、30分〜1時間以内に咳が出たり、口の周りや顔、首が赤くなれば、症状が出ない最大の量に戻して、2、3日間繰り返してから、もう一度倍にする。
9. 異常が現れれば、かゆみ止めを飲ませ、安静にする。


 
結果

 
 制限解除年齢は、生後8〜11カ月が9名、12〜17カ月が14名、18〜23カ月が6名、24カ月過ぎて解除できない患者が16名であった。

 図1に生後8カ月時の卵白に対するRAST値と卵制限の解除の年齢の関係を示した。
 卵白RAST値をみると、100 Ua/ml以上のかなり高値の患者でも、1歳以前より卵制限を解除している場合があった。
 制限解除年齢と卵白RAST値を比較すると、当然のことながら、解除が遅いほど卵白RAST値は高くなっていた。




 
 
 図2は、患者を制限解除の年齢で分けて、それぞれの卵白RAST値の変動を示したものである。

 2歳を過ぎてなおも制限を解除できない群は、RAST値がずっと下がらないことが一因となっている。
 その他の群はRAST値が低下してくることで解除しているが、かなり高い数値でも制限を解除しているのが分かる。

 解除年齢が8〜11カ月と12〜17カ月の群は、卵制限を解除することでその後のRAST値が低下していた。
 2歳までに解除できなかった群は、卵白RAST値はほとんど低下していなかった。
 このことは、卵を摂取することが卵白RAST値を低下させる可能性があることを示唆している(経口減感作)。

 


 


 


 


 
 生後8カ月の患者の全身の重症度と制限解除年齢の関係を図3に示した。

 8〜11カ月の早期から解除している群は比較的軽症以下の患者が多い。
 解除が遅い群ほど重症度が高くなっていた。

 


 
 図4(省略)は、患者を制限解除年齢で分けて、それぞれの群の生後4カ月、8カ月、12カ月、18カ月の全身の重症度の分布を示している。
 
 いずれの群とも年齢とともに重症度は低下していた。
 また、解除後の悪化も見られなかった。

 卵の制限を解除するとき、小麦で加工品をつくるように指示している。
 そのためにまず小麦食品を普通に食べていることが、卵の制限を解除するための必須条件になっている。

 図5は生後8カ月時の小麦のRAST値と制限解除年齢との関係を示している。

 小麦のRAST値が高いほど制限解除が遅れる傾向があり、8〜11カ月に解除した群では3.5 Ua/ml以上の患者は20%程度であるのに対して、2歳までに解除できなかった群はその割合が90%近くに達していた。
 後者の場合、小麦以外にも多数の食物でRAST値が高くなっており、他の食物の制限解除が優先され、卵制限の解除が後回しになった可能性がある。
 このことは、血清IgE値が高いほど卵制限の解除が遅れる結果とも関連している(図6)。

 


 


 
 図7は患者の栄養と卵制限の解除年齢を比較したものである。
 8〜11カ月に解除した群は他と比べて母乳又はアレルギー乳の割合が低く、全体として、母乳又はアレルギー乳の患者ほど卵制限の解除が遅れる傾向がみられた。

 


 
 卵以外のものも含めて、食物摂取後にアレルギー症状が現れた経験が多いほど、卵制限の解除が遅くなっていた(図8)。
 またここでは省略したが、感染症やとびひの回数が多い患者ほど卵制限の解除が遅くなっていた。

 


 
考察

 
 一般に、乳幼児のアトピー性皮膚炎に対しては、食物摂取を制限したり、それを続けるよりも、解除する方が難しい。
 患者が食物を摂取すると、じんま疹が出たり、かゆみが増強し、皮疹の悪化を招くと推測される場合には、食物の制限を続けてしまうことになる。
 制限された食物を摂取して症状が現れるかどうか分からなくても、それのRAST値や皮膚テストが陽性の時も、それを解除するのは容易なことではない。
 かといって、安易に制限を解除すると、全身に強い症状が現れることもある。

 著者は、患者・家族のQOLを考えて、食物制限は最小限にとどめ、積極的に食物制限の解除を試みてきた。
 しかし、他医ですでに制限を指示されている患者については、船頭多くして船山に登るようなところがあり、他医のメンツをたてて矛盾なく説明するのに苦労することがある。
 今回対象とした患者はすべて離乳食が開始される前に初診した患者であったが、それでも経過中感染症や喘息などで小児科を受診し、しばしば異なった説明と指示を受け、少なからず混乱を生じている。

 それだけに乳幼児アトピー性皮膚炎患者における食事の問題は、医師だけでなくマスコミを含めた様々な情報と患者家族の社会的背景が大きな影響を及ぼしている。
 また、患者家族の性格や知的レベルも重要なファクターとなっている。
 第三者の意見に冷静に耳を傾け、物事を客観的に判断できない家族も少なくなく、そんな場合十分なコンプライアンスをとれなければ、患者家族は心理的不安に左右された行動決定を行うことになる。

 患者家族にとって、食事はごく身近な理解しやすい話題であり、それらの思い込みの呪縛を解き放つのは容易ではない。
 アトピー性皮膚炎の原因を食事と思い込んでいる家族に、食べると症状が現れる卵を患者に食べさせることの難しさは当然である。
 また、今回示したように、皮疹が強いこと、IgE、卵白や小麦のRAST値が高いこと、食物摂取によるアレルギー経験が多いことなど、様々な要因で制限解除が遅れるのはやむ得ないことかもしれない。

 著者自身、外来では、卵だけでなく食物制限の解除を行うとき、最初に与えるものは何も症状が現れない程度から、心配ならば、ごく微量含んだものをごく少量から始め、同じ量を繰り返しながら少しずつ増量するように指導している。

 ある程度以上食べていると、むしろアレルギーが抑えられ、RAST値も低下すると説明している。
 実際食べていると徐々に症状が出なくなるような経口減感作がみられるが、そのメカニズムについてははっきりしない。
 IgG4のような遮断抗体の存在、抗原暴露によるヒスタミンの枯渇、腸管免疫による抑制などが言われている。
 また、卵の摂取によって卵白RAST値が低下する傾向が見られ、このことは最も多く食べている米のRAST値がむしろ低いこと、人工乳の患者で牛乳RAST値が低いことなどと共通している。

 現在臨床では、食物制限については積極的に行われているが、制限したものを解除する指導はあまり行われていない。
 思い出したように誘発試験が行われていることもあるが、むしろ患者が勝手に制限を解除する方がはるかに多い。
 結果としてうまくいけば、たまたまうまくいったということで、密かに主治医は安堵するが、全身的に強い症状が出現すると、患者の勝手な行動として主治医から非難されることになる。
 しかし、よく考えてみると、制限を指示したのが主治医であるなら、制限中に起きたことは結局のところ主治医の責任とされて当然と思われる。
 制限されているものを偶然摂取するようなことは当然起こりうることであり、常に患者に責任転嫁するのは好ましいこととは考えられない。
 子供が社会生活するようになり、誤って制限されている食物を食べるのではという家族の不安をできる範囲で解消するのも医師の責任と考えられる。
 ただ、今回の結果は、これまで行われているような誘発試験は、むしろ制限解除を遅らせることにしかならないということを示している。



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