15. アトピー性皮膚炎の心理的要因


 アトピー性皮膚炎患者は、いらいらするとかゆみが強くなり、引っ掻くことで湿疹が悪化します。

 かゆみは不眠につながりますが、いらいらした気持ちも不眠の要因になります。
 寝られないといらいらがひどくなり、いらいら感がさらにかゆみを強く感じさせます。
 夜間はかゆみが強いために、引っ掻く量を増やす結果になります。
 湿疹の悪化は不眠を招き、さらにかゆみを強くします。

 また、様々な心理的ストレスのために、昼間の精神的緊張とれず、ちっともかゆくないのに全然眠れないと訴える患者もいます。
 緊張した状態はかゆみを抑えるためには有効ですが、その日の疲れをとるためには、ある程度体がリラックスする必要があります


*ストレスと湿疹の悪化の関係


 
ストレスはかゆみの閾値いきち(我慢できる限界)を下げると言われています。

 健康な体であれば、多少かゆみがあってもそれを
抑えることができますが、体に何らかの異状があれば症状となって現れます。

 このことはアトピー性皮膚炎に限ったことではありません。
 ヒトの臓器は多かれ少なかれ予備的能力が備わっています。
 少しくらいの異状ならば、全く症状に現れないこともあります。
 しかし、ある一定限界を越えて何らかの症状となって現れ始めると、それを止めたり、正常に戻すのは簡単なことではありません。

 たとえば、酒を飲み過ぎてアルコール性脂肪肝になり、続いてアルコール性肝炎に進行し、最後には肝硬変に至る過程を見ても、症状が出る前に飲酒を止めなければあまり良い結果は得られません。
 どんな病気でも早めに対処することが重要です。


 
肉体的にも精神的にも健康であれば、少々アレルギー体質があっても日常生活に困るような症状は現れないかもしれません。

 それまでアレルギー症状を経験したことがなかったのにもかかわらず、毎日睡眠を削って仕事したり、受験で徹夜を繰り返しているうちに、生まれて初めてアレルギー性鼻炎や蕁麻疹が現れたという人がいます。

 このことは、生まれつきアレルギー体質があっても、それが表面に出ないように健康な体ががんばっていた、抑えていたということ表しています。
 つまり、症状はよくなっていても、必ずしもアレルギー的な検査異常は正常になっていないということです。
 乳児のアトピー性皮膚炎が成長によって自然治癒していた過程が、逆方向に進行したということになります。



少しは仕事をさぼってのんびりしたらということ。
温泉も悪くないですよ。

 アレルギーの治療は、実際に現れた症状を薬剤で治療するよりも、むしろ症状が外に現れた原因を除き、できるだけ自分の免疫で抑えるにはどうすればよいか考えるべきです。

 
というものの、アトピー性皮膚炎をステロイドを使わずに何とかしたいと考えて、いろいろなことをあまりやり過ぎると、かえってストレスが多くなり、湿疹が悪化することがあります。
 アレルギー患者は、しばしば物事を完全にしないと気が済まない傾向があります。
 できる範囲で留まっている間いいのですが、時として完璧を望むために不可能なところまで踏み込んでしまいます。



スポーツはいろんな意味で気分転換になり湿疹を忘れさせます。
もちろん、汗や日光で悪化する可能性はあります。


 もっと気楽に
のんびりやればとアドバイスするのですが、何かしていないと気が済まないというのもアレルギー患者に共通した性格です。
 いろんな思いこみにとらわれて、ついついやり過ぎる傾向もあります。
 何事もよい結果が生まれている間はよいのですが、必ずしもそんなふうになるとは限りません。

 自分の努力が少しも実を結ばないと感じると、努力が足りないということで自分を責めたり、時に絶望感に陥ることにもなります。

 アトピー性皮膚炎と性格
 
 アトピー性皮膚炎患者さんを対象にして、患者の性格をペーパー法で調査・報告したことがあります(遠藤薫:アトピー性皮膚炎のYG性格検査。日本皮膚科学会雑誌、113、945-959、2003)。

 検査法は谷田部−ギルフォード(
YG性格テストで行いました。
 対象は、アトピー性皮膚炎患者504名(男202名、女302名)、健常人164名(男45名、女119名)です。

 結果をみますと、男女でかなりの違いがありました。

 
男性患者は、健常人男性と比べて、より抑うつ的であり、劣等感と神経質の程度が強くなっていました。
 健常人よりも、情緒が不安定で、閉じこもる傾向がありました。

 
女性患者は、健常人女性と比べて、むしろ攻撃性が低く、のんきさが少なくなっていました。
 健常人よりも、
優柔不断で、他人の意見に左右されやすく、特に、顔面が悪化すると、人間嫌いで閉じこもる傾向がありました。

 もともと、
健常人女性は、健常人男性と比べて、抑うつ的・回帰的であり、劣等感が強く、情緒的に不安定でした。

 男性患者は、女性患者と比べて、より神経質であり、社会的外向性が低く、攻撃的でしたが、のんきさはまさっていました。

 男性患者は、重症になるほど、抑うつ的であり、回帰的となり、社会的外向性が低くなっていました。
 女性患者では、重症度で差違はみられませんでした。

 皮膚症状が性格因子に影響する以上に、性格因子の問題点が臨床経過に重大な影響を及ぼしている可能性があります。


 ストレスは、つぎの2種類に分けられます。


1.
肉体的ストレス
2.
精神的ストレス

 
肉体的ストレスの代表は睡眠不足です。

 体が疲れると、湿疹は悪化する傾向があります。
 たっぷり睡眠をとり、体を休めるだけでも、湿疹はかなりよくなります。
 仕事が忙しいということは、仕事をしている間はかゆみがなく、湿疹の治療にかえってよいことがあります。
 しかし、あまりにも忙しくて、毎晩帰宅が遅くなると、疲労がたまり、湿疹には決して好ましいことではありません。
 というものの、多少そんなものと
割り切った気持ちも必要です。
 受験前に夜遅くまで勉強したり、時に徹夜することがありますが、そのためにある程度湿疹が悪化するのはやむ得ないところです。

 子供が産まれて、慣れない子育てに加えて、夜何度も起きなければならない母親の状況についても同じことが言えます。
 主婦になれば手に湿疹ができるのは、いわば主婦の勲章のようなものと考えるようにと話しています。

 
精神的なストレスにもいろんなものがあります。
 まず、
湿疹があるということそのものがストレスになります。

 アトピー性皮膚炎の湿疹はなおりにくく、そのことは患者に少なからず不安を与えます。
 人生を悲観させたり、神経質にさせたり、劣等感を感じさせることも多いようです。

 顔面に湿疹があるとなおさらです。そんなストレスは不眠の原因にもなります。
 子供ができると、自分と同じ様なアトピー性皮膚炎になるのではないかということもしばしば患者に不安を与えるようです。

 子供や学生は、アトピー性皮膚炎のために精神的ストレスがずっと続いていると、登校拒否・家庭内暴力・非行などの社会的問題に発展することがあります。
 ときに、不安神経症や適応障害、さらにうつ病や精神分裂病のような精神科領域の病気に移行する場合もあります。

 生まれてからずっとアトピー性皮膚炎が続いていると、患者は、何かあると、湿疹のせいにしたり、両親のせいにすることがあります。
 勉強ができないのは湿疹があるからとか、湿疹がひどいから仕事ができないとか、患者は考えがちです。

 そうしているうちに、むしろ湿疹がある方が安心感を覚えるようになることがあります。
 湿疹は患者にとって現実から逃れる
避難所となり、自分の存在を認めさせる象徴のようなものになります。
 そうなると湿疹がよくなるのを望まなくなるかもしれません。


 患者は兄弟の中で自分だけが湿疹があることを悲観し、劣等感を感じたり、アトピー素因という遺伝的なことで両親を恨み、自暴自棄になることがあります。
 湿疹がひどくなると、しばしば他人と会うのがいやになり、自宅に閉じこもって、何事にも無気力になり、人生に悲観してしまうこともあります。

 このようなひきこもりやうつ状態を解決するためには、患者が希望する方法で湿疹を改善することが必要です。


アトピー性皮膚炎患者にみられたリストカット。救難信号の一つかもしれません。

 何はともあれまず患者の話に十分耳を澄まし、患者の気持ちを十分理解してやることが重要です。
 患者の気持ちを無視して、話もしないで、命令調でいろんなことを押しつけるのは決して好ましいことではありません。

 朝早く起きられないのは、かゆみのために夜間寝られないためかもしれませんし、いつもひっかいているのはかゆみが強いからです。
 人前で掻くなというのは簡単ですが、患者の気持ちを考えると、
一緒に掻いてあげるやさしさも必要です。

 弟や妹ができたとき、アトピー性皮膚炎の子供はわざとかゆがって、全身血だらけになることで両親の注意を自分に向けさせようとします。
 頭の毛をかきむしったり、わざと抜いたりすることもあります。

 そんなとき、下の子を放っておいてでも意識して兄や姉をやさしく抱いてやることが必要です。

 一方で、いろんなことをやらせて、自信を付けさせることも必要です。
 最初、一人で入院するのを嫌がっていた子供が、入院中に自分で何もかもしているうちに徐々に人間的に成長し、友達や話し相手を作ることを覚え、最後には他の子供の面倒まで見るようになります。
 精神的に成長するとともに、自分の湿疹をうまくコントロールできるようにもなります。

 湿疹のある子供には、ある程度優しさは必要です。
 難しいことかもしれませんが、湿疹に負けない精神力を持たせるような接し方も必要かもしれません。



アトピー性皮膚炎患者さんには音楽の才能のあるひとがたくさんいます。
音楽は患者さんを元気にします。
大阪府立羽曳野病院皮膚科のときは、芸大の患者さんもたくさんいました。
落語家やテレビに出ていた芸能人もいました。

 患者が赤ん坊の時は、母親や家族にもかなり強いストレスを与えます。
 夫婦の間で治療について意見が違えば、夫婦喧嘩の原因になり、離婚に発展することもあります。
 父や父方祖父母は、自分を棚に上げて、アトピー素因という遺伝的体質を母のせいにすることもあります。

 アレルギーを持っていないと思っていても、検査するとかなりの割合でIgEやRAST値や皮内テストが陽性になっています。
 以前、患者を連れてきた父母をつかまえて、それを示したこともあります。

 乳児の湿疹は適当な治療を選択すれば、かなりの重症患者でも90%以上の割合で自然軽快します。
 多くは時が解決してくれるから、のんびり構えてあせらずに待つ方がよいと説明するのですが・・・



ヨガや座禅、太極拳、気功などは精神的なリラックスにとてもよいことがあります。
金儲けでないものでしたら、新興宗教も心の平安につながることがあります。

気分転換のスポーツも悪くありません。


 
アトピー性皮膚炎は、外から見えるために、いろんな人から、いろんなことを言われます。
 それは親兄弟や知り合いに留まらず、知らない人に電車の中で言われたりなんてことも少なくありません。
 その人は親切でそのように言ってくれているのでしょうが、患者にとってはしばしば余計なお世話です。
 ストレス以外の何者でもないかもしれません。
 適切なアドバイスであれば十分耳を傾けるべきですが、そうでない場合も多いようです。

 治療に関係したことを何かしていると、確かに患者に安心感を与えます。
 それに効果があれば問題ありませんが、効果がなければ逆にストレスしか残さないことがあります。
 何かを試みるのは決して悪いことではありませんが、常に結果を客観的に判断することが重要です。
 分からなければ、主治医に相談するのもよいかもしれません。
 それだけに
何でも話ができる医者も必要です。

 人類、皆アトピー?
 
 
アレルギーは遺伝的な側面はありますが、必ずしもアトピー性皮膚炎の患者からアトピー性皮膚炎の子供が生まれるとは限りません。

 人類のかなりの割合でアレルギーを持っています。
 むしろ、進化の過程でアレルギーを持った人類が生き残ってきた可能性があります。

 何も症状がない人を検査すると、かなりの割合でアレルギーが見られます。その頻度は、湿疹がある患者とそれほど変わらない可能性があります。

 アトピー性疾患が発症するかどうかは、患者がアレルギーがあるかどうかよりも、生まれてからの他の要因が関係しています。



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